猫のこと ① ダマちゃん

日記
08 /06 2017
大切な、本当に愛おしくてたまらなかった小さな黒猫ダマちゃん。
2017年2月6日に 2歳と10ヶ月の若さで天国へ行ってしまいました。
ブログにも度々登場し、たくさんの方から応援をいただいておりました。
ダマちゃんがいなくなって半年が経ち、まだ心に大きな穴が開いたまま、悲しみも癒えないままです。
いつか彼女のことを改めてブログに記そうと思っていて何度かPCに向かったのですが
辛すぎて写真を見ては泣いてしまい何も書けませんでした。ですがもう一度、良いこともたくさん思い返してみました。
微笑むダマちゃん


2014年8月21日、衰弱した野良猫を保護しました。
実は数日前から、いけないとは思いながらも毛が抜けてガリガリに痩せた
この子猫を見過ごせないと思い、ごはんをあげに行っていました。同時に、
なんとか病院に連れていかなければとも思っていました。
そして8/21 あまりにも状態が悪かったので、急遽保護。とても信頼していた地元のO動物病院に
駆け込み、診療時間が終了していたにもかかわらず診ていただくことができました。
ひとまずは、すぐに命の危険がないことだけはわかってホッとしました。
その時の獣医さんの言葉は今もずっと忘れられません。
「この子は優しい子だよ」
その時はわかりませんでしたが、後になって私はその言葉を何度も何度も思い出すことになります。
保護から1週間

これは保護から1週間後の写真です。
最初は背中の毛がほとんど抜けていて皮膚に血が滲み、被毛も汚れていました。
目やにや鼻水が固まり呼吸も苦しそうで、向かって左側の目が少し欠けていました。
(カラスに襲われたと思われます)
痛々しくてとてもカメラを向ける気になれず、1週間経ってシャンプーもしてやっと少し綺麗に(?)
なったところです。怯えておもらしをしたり、見ているところではごはんを食べなかったりしました。
詳しくは当時のブログにも記しています。 → [野良猫を保護しました]
保護から1週間②

最寄りのN病院に行って、この子が生後約4ヶ月の女の子だと分かりました。
そして、肝臓・腎臓の数値にかなりの異常があることもわかりました。
腎臓は他の臓器と違い細胞が生まれ変わることがないので、使うほど機能は衰えていくし
数値に異常が出たということは既に7割以上の機能が失われてしまっているとの説明でした。
「長生きするのは難しいです」
と言われましたが、まだ小さな子猫なのです。人生(猫生)はこれから。
絶対に長生きさせてみせると、強く思いました。
洗濯機の隙間

子猫は全く鳴きませんでした。
黙っているので “ダマちゃん” と名付けました。
まずは肝臓の数値を下げる為、2、3日に1回、N病院へ点滴に通いました。
とても臆病で、病院へ連れて行こうとする度に察知して逃げ回り、おもらしをしました。
可哀想で心が痛みましたが、点滴をしなければ具合が悪くなるので仕方ありません。
お風呂に隠れる

ダマちゃんを保護した日からすぐに次の物件探しをしていまして、
猫OK物件がなかなか見つからず苦戦しましたがようやく 10月初めに引っ越しをすることができました。
一駅遠いし広すぎる…でも、ダマちゃんも慣れたらのびのびしてくれるだろうと思いました。
ダマちゃん、いろんな所に隠れてしまい、ほとんど姿を現しません(寂)
テーブル下

保護してから約半年。体調は良かったり悪かったり。
相変わらず週2ペースで自転車にダマちゃんを乗せて点滴に通い続けました。
体力がついてきたので捕まえる時に威嚇したり空気砲を飛ばしてきて怖いですが
実際には噛みついたり引っかいたりはしません。怖がっているだけで攻撃はしないのです。
そこがダマちゃんの優しいところ(^^)
肝臓の数値が下がってきた頃、不妊手術をしてもらいました。
家に着くなり洗濯機の中へ逃げ込んでしまいました。
カラー1

毛づくろいしているつもりがカラーを舐めています。可愛いです。
カラー3

2015年4月、1歳になりました。
病院にばかり連れて行くせいかなかなか慣れてくれません。
調子の良い時はちゃんとごはんと薬を食べてくれるので、3kgを超えてふっくらしてきました。
よく皮膚病にはなるものの、全体にちゃんと生え揃い、毛艶も良くなってきました。
ダマの可愛いところはたくさんありますが、左にチラリと見える牙が最も好きなところです。
お座り1

キッチンのテーブルからダイコンが消える事件が2度あり、ダマの仕業だとわかりました。
ダイコンの葉と水菜が好物で、本当に美味しそうに食べます。
ダイコン

点滴は一生続きます。
N病院への長い道のりはダマに負担なので、最寄りのT病院へ移ることになりました。
そこでもやはり
「長く生きられないよ」
と言われて心が抉られるようでした。
残り少ない腎臓の機能をどうやって永らえていくか、ということになります。
はっきりと言ってくださる先生なので、たくさん相談しました。
よく体調を崩すダマちゃん、通院も大きなストレスと負担になっています。
点滴も大事ですが、あまり辛い思いをさせないよう
様子を見て相談しつつ、今までよりは少し回数を減らしてもらうことになりました。
ゴーゴーマウス4

私のことは警戒しますが、おもちゃで遊ぶと夢中になります。
今思えば、この時が一番ふっくらとして元気でした。
ゴーゴーマウス3

ネズミのラジコンはダマが大好きなおもちゃのひとつです。
ゴーゴーマウス1

群馬のお客様がダマちゃんに持ってきてくださったおもちゃ。
これも夢中になりました。
まゆおどり

キャットニップ入りのおもちゃ。これも喜んでくれました。
つい、いろんなおもちゃを買ってきてしまいます(^^)
ネズミおもちゃ

ずっと考えていたことがあります。ほとんどの時間をベッドの下などに隠れて過ごしているダマちゃんに
友達を連れてきてあげられたら…。
そんな時、事情があって保護されている子猫がいるという話を聞き、会いに行ってすぐに決めました。
2015年6月29日、Bちゃんを迎えました。
B

最初は、ダマは縄張りを主張しました。
ところが家に来て2日目、突然Bの具合が悪くなりました(お腹の虫が原因)
グッタリしているBを、ダマは心配そうにずっと見守り続けました。
それからは縄張り主張しなくなり、まるで母親のように接するようになりました。
今まで鳴かなかったダマが
「クルル、クルル」
と優しい声で鳴くようになりました。
一緒に寝る

一番最初に行ったO病院でダマを診て言われた一言
「この子は優しい子だよ」
それを何度も思い出すことがありました。
Bがまだ小さいので、私が仕事に行っている間は、Bだけ3段ケージの中で
過ごしてもらっていたのですが、いつもいつも帰宅すると
ケージの前におもちゃがいくつも落ちているのです。
ある時、それをダマがBの元へ運んで来ていたのだとわかりました。
ケージの中にいるBが退屈しないようにしてあげたかったのか、一緒に遊びたかったのかもしれません。
おもちゃ

2匹は心を許し合っていて、いつもくっついているようになりました。
それまではベッドの下に隠れていたダマも、いつも部屋に出てくるようになりました。
良い変化です。やっぱりもう1匹迎えて良かったと思いました。
Bはすぐにダマより大きくなりました。
B大きい

一緒におやつ。
ダマはおやつを食べてはいけないのですが、いつも療法食で我慢しているので
たまには1個だけあげました。美味しいものも食べてもらいたいですから…。
おやつ1

この時、ダマは2歳になりました。腎臓の数値は悪いけど、点滴にも通って工夫して薬も飲んでもらって
3年、いや5年、もっと生きてもらいたい。それが一番の願いでした。
おやつ2

いつも一緒の2匹(^^)
いっしょに寝る1

ダマはBにいたずらされてもおもちゃを取られても決して怒りません。
いつも指の間から しっぽの先まで優しく舐めてあげていました。
いっしょに寝る2

Bに足を乗せられてしまいました(^^;)
でも払いのけたりしません。
足乗せ

Bはとても甘えん坊で、私にゴロゴロ、スリスリしてきます。
それに影響されたのかどうだか、ダマも次第に私に対しても警戒を解いてくれるようになり、
病院に行く時以外は少しずつ触れるようになりました。
通院は週に1、2回ペースで、しばらく平穏な日々でした。

2016年、秋の始め頃、ダマが私に甘えてくれるようになってきました。
いつも病院に連れて行く為とても警戒されていたので、これは大きな変化です。
抱っこはできないけれど体をさすると気持ち良さそうな顔をし、なんと初めてゴロゴロと喉を鳴らしてくれました。
鳴かないしゴロゴロも言わないだろうと思っていたので本当に驚きました。
今までももちろんダマのことは大切に想っていましたが、甘えてくれると愛おしさも増すものです。
ところが、高いなりに落ち着いていた腎臓の数値が、この頃からどんどん上昇を始めました。
薬の量を増やし、不安を抱えながらも、ダマが甘えてきたらたくさん甘やかしました。
切り株ダマちゃん

2016年11月頃、ダマの呼気に異変を感じました。
すぐにわかりました。尿毒症を起こしていると…。
点滴の回数を増やしました。

12月、どんなことを試してもごはんを食べなくなってしまいました。シリンジでの栄養剤も吐いてしまいます。
いつもの病院で相談すると、鼻からチューブを入れて栄養を摂るしかないとのこと。
チューブは常に入れたままの状態で固定されます。
もちろん栄養を摂ってもらいたいけれど、デリケートなダマがそのストレスに耐えられるだろうか…。
そこまで望んでいるだろうか…。
他に道はないかと悩んで、少し遠くにあるA病院を受診することになりました。
そこでは、もう長くないと告げられ、解ってはいたけれどボロボロ涙が出ました。
T病院で提案された経鼻チューブによる給餌は正しい選択であるということでしたが、
まずは入院して集中的にリンの数値を下げましょうということになりました。
連れて行ったその日に入院とは、覚悟もできていませんでしたが、少しでも望みがあるならと
身を切られる思いでダマちゃんを託してきました。
入院中の4日間、心配で涙ばかりでした。
ダマはもっと辛いのに、情けないです。朝晩面会に行くと、ICU内で怯えて小さくなっていました。

数値を少し下げることができ、それ以上は見込めないので退院となりました。
病院では、口に流し込まれてもほとんどごはんを食べなかったようです。
家に帰ってくると、なんと久しぶりに自発的に水を飲み、ごはんを少し食べてくれました!
良かった!嬉しくて涙が出ました。
その後すぐに安心したように崩れるように眠り続けました。病院では眠れなかったのでしょう。
辛い思いをさせてしまいましたが、また自分でごはんを食べられるようになったこと、
これは本当に良かったと思います。
入院した病院では新しい薬を処方してもらい、今までの最寄りのT病院に連絡してくださって
そこで点滴を続けたらいいよ、と言ってくださいました。
退院後

入院する前までは年越しできるか不安でしたが、
2017年を迎えることができました。
4月になったら3歳になるよ。暖かくなったら大好きな日なたぼっこもできるよ。

2017年1月は、ごはんを食べられたのはほんの数日だけでした。
ダマは嫌がるけれど強引に捕まえてシリンジで栄養を流し込むしかありませんでした。
自宅点滴の方法を教わり、病院でも自宅でも点滴するようになりました。
安心できるはずの自宅でも点滴され、ダマはとても嫌がりましたが
なるべくリラックスできるように色々な方法を試しました。
嫌がることをすると、以前は隠れて出てきませんでしたが、この頃のダマはすぐに許してくれるようになっていました。

体重はついに 2kgを切ってしまいました。本当に辛いです。
じっとしているだけのダマを、Bが傍で見守っていました。
自分がいつも見守ってもらっていた時のように。
一日のほとんどを静かに寝ているダマにBが寄り添います。
Bダマ寄り添う


朝、少しだけ日光が入ってくる時間。ダマは弱った足で自らケージの2階に上って朝日を浴びています。
2017年2月1日、これが最後の写真です。
光

この夜から容体が急変しました。
そこからの6日間はあまりにも辛くて辛くて、ここにも書き記すことはできません。
私は、お客様には大変申し訳ないけれどこの日からずっとお店を休業させていただき
付きっきりで看病しました。ダマに、たくさん話しかけたり、あるいはそっとしておいたりしました。
最後の日、ダマは朝から急に鳴き始めました。声はすっかり枯れていましたが、
私が側に寄ると、見えない目でこちらを見て、何か伝えようとしているように声にならない声で鳴きました。

2月6日の夜、大切な、大切なダマは旅立ってしまいました。
私はダマに何をしてあげられたのだろうか、あの時何を伝えてくれたのか、今でもずっと考え続けています。
腎不全は残念ながら治る病気ではありません。
ダマの場合は先天的に腎臓に異常があったので、尚更長生きは難しかったでしょう。
たくさんの方とお話ししていて、お家の猫ちゃんが腎不全だと仰る方は多いです。
病院も、猫の性質も、治療法もそれぞれです。
ダマの場合これが最善だったかどうかはわかりませんが、ダマの気持ちをある程度考えて
先生が相談に乗ってくださったことは心強かったです。また、猫の大先輩 ふわりさんや
ご近所の皆様、お客様にも大変お世話になったりご心配をおかけしました。
皆様にとても優しくしていただき、ダマちゃんのことを想っていただいて本当に感謝しております。

ダマちゃんアップ
3歳の誕生日を迎えることができなかったのは残念でなりませんが、
ダマもきっと、遊んだりおいしいものを食べたりゴロゴロくつろいだりベランダでひなたぼっこしたり
生きていて少しはいいこともあったと思います。
一緒にいられたのは2年半でした。もっと、これからもずっと一緒にいたかったけど…。
ありがとうという気持ちが一番大きいです。
2年半、よく頑張って治療に耐えてくれました。臆病だけど強い子です。
そして何よりダマには優しさを教わりました。Bを愛情一杯に育ててくれました。
ダマは私の生きる活力でした。
体は小さいけれど大きな存在でした。ありがとう、ダマちゃん。
そして皆様、ダマを応援してくださってありがとうございました。

たくさんのお花やお供え。ダマに心を寄せていただいて嬉しかったです。
お供え

今もダマのことは一時も忘れられません。
「今度は元気な身体になって、また戻っておいで」
ペロ


思い返すとすぐに涙が止まらなくなるので、この記事はとても時間をかけて何度も、少しずつ書きました。
ダマとの思い出は多くて感情が溢れて書き切れません…。

また少し後にBちゃんのこと、新しい家族ザラちゃんのことも書き留めておこうと思います。
読んでくださってありがとうございました。

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